「座ってもええかな?」老婆の声がした。涙も出尽くしたところだった。
「どうぞ。」
「ありがとさんね。」老婆はそう言ってベンチに腰を下ろした。
「その気袋の主はあんたのことを知っておったぞ。」
「わたしを?ですか?」
「そうじゃ。この公園であんたと話した、と言っておった。」
「え?誰だろう?」
「あんたと話してこの公園を立ち去った、と言っておった。」
「あぁ...あの人、かなぁ...。でも、姿は見えなかった。灯りだけの人、声だけの人、でした。この公園に来て間もなくの出来事でした。」
「たぶん、その御人じゃな。」
「なんだか難しい話をしていましたよ...。あの人がわたしを見つけて座ったのに、わたしがあの人を見つけたようなことを言う...わたしは、ほとんど聞くだけでしたけどね。」
「はは、出会いなんてそんなモンじゃろて。深く考えんでもええことじゃて。」
「不思議な出来事でしたよ。」
「その不思議がまた返ってきたわけじゃな、わははは。不思議じゃ、不思議じゃ。不思議じゃのぉ。」
「この気袋。涙が溢れました。止まりませんでした。不思議です。」
「自分のチカラではどうにも及ばないことがある。そこに執心しても仕方がない。それはそういうもんじゃ、と受け入れるしかない。じゃがそれは、その気持ちがないと受け入れることはできんな。あんたの気は受け入れた。素直に。」
「この涙はなんなんでしょう....わたしの涙ではないような気がするのです。」
「あんたの涙じゃよ。その涙はあんたじゃよ。」
「わたしのなみだ...。わたしのふしぎ...?」
「不思議は不思議。不思議に囚われなさんな。因果は有るが因果は見えん。ほら、二次元から三次元は見えんじゃろ。見えんが...有る。それが不思議じゃな。」
「三次元からは二次元が見える、ということですね。」
「さて、それもどうかな?二次元は三次元を構成する一面じゃろうが、三次元ではない。二次元の視界を三次元の中で再現できるじゃろぉうか?きっと、情報が多過ぎるわな。そこには整理という作業が働く。その整理は見える見えないを都合する惑わしがある。危うい世界じゃな。」
「ますます解りません。」
「暖かい布団に包まれていても、寒気に似たようなものが走ることがある。悪寒、というものじゃな。病は気から、と言うじゃろ。病を治すのも、気なんじゃな。」
「気、とは何なんですか?」
「吸って吐くものじゃ。」
「呼吸ですか?」
「交換じゃな。」
真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。
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