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update:20220608

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公園のベンチ

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石ころ

ひとつの灯りが立ち去った。

真夜中の公園は相変わらずベンチが点滅している。いくつかの灯りが消え、いくつかの灯りが点く。ベンチに座る人、ベンチを立ち去る人。そんな光景が遠く彼方にまで繰り広げられています。わたしのベンチもまた、彼方からは点滅するベンチのひとつとして映るのでしょう。

立ち去った灯りが座っていたベンチの端を見ると、暗がりの中に小さな塊がある。手に取ってみると、石ころだった。

いつからあるのだろう....。

公園の石がベンチの上に置かれている。

いや、公園の石とは限らないのかもしれない。

あの灯りの忘れものだろうか...。

それは今、わたしの掌にある。

石ころは、片手で握ると手の中に隠れてしまうほどの大きさだ。表面はなめらかで丸みを帯びている。最初はひんやりと冷たさがあったが、握っているうちに温もりが出てきた。

わたしの体温が移っていったのだろう。不思議なものだ。冷たい石がわたしとの接触で温もりを帯びてくる。

わたしは冷たくはならない。

わたしはわたしの中で発熱している。

一定の温度を保つように発熱している。

石ころは発熱しない。

周りの熱を吸収する。

周りが冷たければ石ころも冷たくなる。

周りが熱ければ石ころも熱くなる。

石ころは一定の硬さを保っている。

周りと衝突すれば、

周りが柔らかければ周りが崩れる。

周りが硬ければ石ころが崩れる。

石ころは自ら動くことはできない。

置かれる環境からの影響で石ころは姿を変えて来たのだろう。

岩が砕けて石ころになっていく。

水に流されて丸みを帯びていく。

削られた粒は砂になっていく。

はて、はじめの大きな岩はどのようにして作られるものなのか....。

そんな繰り返しが石ころにはあったのだろう。

わたしは石ころの過去を知らない。

ただ、今は石ころがわたしの掌に収まっている。

開いては握り、握っては開く。

わたしはそうやって石ころの感触を確かめている。

わたしの石ころよ。

自分では動くこともできず、周りからの影響を受けながら姿を変えてきた。

すべてを受け入れ、すべてを受け止めてきた。

今在る石ころは、わたしの手の中に。

さて、どうしたものか。

何も語らず、ただ在る石ころ。

石ころは美しい。

ただ在る、それだけで美しい。

わたしには石ころをつくることはできない。

唯一無二の石ころだ。

わたしは石ころが在ることに感謝する。

ありがとう。

2019/06/11